第22話「恋も流行りもキョリ感が大事」Vol.3

「モテるために必要なのは、モテる努力じゃないから」

 

その言葉がきっかけとなり、カレはイヤホンを外し、自分だけの世界から飛び出すことになった。

その結果、カレは今ここにいる。

そして今、カノジョたちの話を聞いている。

 

とある女子:「やっぱ、時々離れてみることも大事なんだろうね。情報とか流行とか、あと恋愛とかもさ。離れてみてわかることってあるじゃん」

 

恋愛は追いかけすぎれば、それはただのストーカーである。

流行も同じ。

闇雲に追いかけるのは、ただのミーハーでしかない。

適度なキョリ感で、時には追いかけ、時には離れて遠くから見る。

 

とある女子:「恋も流行りも、常に絶妙なキョリ感を演出できるのが余裕のあるオトナのオトコって感じしない?」

 

相手が自分を求めてはいないとわかれば、すぐに見切りをつけられる気持ちのゆとりと達観。

それは、流行っているからといってそのすべてを追いかけ回し、手に入れようとすることではなく、自分に合うもの、しっくりくるものだけを選びそして身に纏う、そういうことなのかもしれない。

 

とある女子:「どうせ追っかけるなら、流行りだとか話題になってるものじゃなくて、知識そのものの追っかけならカッコいいのにね。貪欲な知識欲みたいなさ」

友人:「やっぱオンナもオトナになると、なんか知的なオトコに魅かれるよね」

とある女子:「学校の勉強とかじゃなくてね」

友人:「私が美術館とか博物館に行くオトコに魅かれるのもわかるでしょ?」

とある女子:「ま、この先20~30年後ぐらいには、そんな知的なオトコだらけになるかもよ」

友人:「どういうこと??」

 

数年前、オックスフォード大学と野村総研によって、日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能になるという試算が発表された。マッキンゼーの調査『未来の日本の働き方』によると、2030年までに既存業務のうち27%が自動化され、結果1660万人の雇用が代替される可能性がある、とも言われている。

 

とある女子:「ちょっと乱暴な言い方をすると、左脳メインの仕事は必要なくなって、右脳メインの仕事がより重要になってくるってこと」

 

人間の脳は「右脳」と「左脳」に分かれていて、右脳は「直観、デザイン」、左脳は「理論、言語」という、それぞれに異なる分野を司る。

「理論」はコンピューターやロボットで置き換えが可能だが、「直観」から生まれるアイデアや創造性というのは、コンピューターやロボットによる置き換えが不可能なのだ。

 

とある女子:「美術館や博物館で直接作品に触れ、感じることで養われるのが、まさに直観とか感性だから、そう考えると20~30年後が楽しみじゃない?」

友人:「けど・・・その時、私たちいくつよ?」

とある女子:「・・・ん?」

 

果たしてカノジョたちにとって未来は明るいのか。

カノジョたちに幸あれ、カレは苦笑いを浮かべつつもココロの中でそう呟く。

 

とある女子:「ま、私たちも負けないように右脳を鍛えなきゃね!」

友人:「・・・絶対、話そらそうとしてるでしょ?」

とある女子「大事なのは今!未来は過去と今の積み重ねなんだからさ、過去はもう変えられないけど、だからこそ明るい未来に向けて今を頑張るってことよ!」

 

「右脳を刺激し、人間の感覚を研ぎ澄ますには、自然に触れることが一番」

カノジョたちは公園へと消えていった。

 

年齢の話題から離れるため、苦し紛れに放ったカノジョのその言葉に、カレはなんだか勇気づけられた気がしていた。

 

スマホやパソコンに支配されている日々の仕事や生活の中で「目」や「耳」からだけで得た情報は左脳によって処理されるため、結果として直観力は磨かれない。

だからこそ、自然に触れ、そして生身の人間の会話に触れ、何かを感じ、そして何かを考えることが大事なのだ。

 

ごく稀にしか来ない博物館ではあったが、日々のカフェ巡りを初めて誰かに認めてもらえたような気がして、カレはなんだか嬉しくなった。

 

「過去はもう変えられないけど、だからこそ明るい未来に向けて今を頑張る」

カノジョはそう言った。

東京国立博物館にて過去を見つめたその時間と体験は、カレの明るい未来へときっと繋がっている。

 

カフェを出た時、右手の空には木々のすき間をくぐって見える夕日があった。

その光はまるで今日の自分を優しく照らすスポットライトのようだ。

夕日にも褒めてもらえた気がしてカレのココロも温かい。

 

とある女子:「けど、絵を見るセンスはスゴいのに、何でオトコを見るセンスはないんだろうね。バランス悪すぎでしょ」

友人:「ほっといて!」

 

後ろから聞こえたその声がカレを追い越していく。

さっきの二人は散歩を終えたようだ。

カレを追い越し、上野駅に向かって歩いていく。

 

その少し後ろをカレもまた、家路へとその歩を進める。

 

夕日を背に、人々の影がその行く先を知らせる矢印のように真っすぐ伸びている。たくさんの影がつくるその光景は、まるで森のようだ。

 

人と人が優しく重なりあった温もりの森が、今日もまた1日の終わりを告げる。

 

 

おわり。

 

文・山田孝之  編集・@marony_1008

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