とある女子:「常識は、ただ従うためにあるんじゃなくて、疑うためにあるんだよ」
友人女子を見据え、カノジョは力強く、そして諭すようにそう言った。
それはまさに
― 常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう
アルベルト・アインシュタインが遺した言葉に重なる。
18歳までに学校や大人たちから教えられたことを、大人になってもそのまま鵜呑みにして生活している人が多いことに対して警鐘を鳴らし、自分の頭で考えることの重要性を説いている。
とある女子:「何かあると、やたらと常識がとか、それが普通だよとか言うヤツいるけど、そんなこと言うヤツに限って自分に都合のいい常識とか、自分が思ってるだけの普通を盲目的に信じてて疑おうともしない。自分のアタマでモノを考えられないバカってほんっとウザい。だいたいさ、常識なんて時代や世代間でどんどん変化してくものだし、昨日普通だったことが今日普通じゃなくなってることだってあり得るんだからさ」
暴風雨によって傘をなくしたカレのココロとカラダに容赦なく叩きつけられるカノジョの言葉は、ひんやり冷たくはあるが、不思議と心地良かった。
「常識」についてカレは考えてみる。
常識は常識だから、そして常識とは正しいもの、そんな風に何となく思っていただけだったのかもしれない。
とある女子:「別にフォローするわけじゃないけど、付き合う前のデートとか初デートとか、確かに特別だから食事する場所に拘ってほしいっていう気持ちもわからなくはないけど、だったら二人で一緒に決めるとか、なんなら自分でお店決めて、ここ行きたいって言えばよくない?なのに相手に過度な期待やプレッシャーかけたり相手を試すようなことして、期待外れだったら怒ったりガッカリするなんて、それこそ身勝手だし、相手のこと全く思いやってない」
友人:「だって・・・やっぱ女子だから、お姫様扱いされたいじゃん」
とある女子:「呆れた!その女子だから、がもう常識に囚われてるじゃん!」
友人:「冗談よ、冗談」
いつの間にか、雨は止んだようである。
カノジョたちの表情にも少し晴れ間が見えてきた。
とある女子:「仮にさ、もしすっごく好きな人だったら、チェーン店どころか、そのへんの公園で缶コーヒー飲むだけでもよくない?」
友人:「わかる!」
とある女子:「だから、チェーン店で文句言う時点でアンタは相手のオトコをそれほど好きじゃないし、逆にいいお店に連れてってくれるオトコとチェーン店に行くことを想像してワクワクできなきゃ、そのオトコも運命のオトコじゃないってこと」
カノジョの言葉は二人の間に虹をかけるかのようにゆっくりと拡がる。
とある女子:「大事なのは何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかじゃない?好きな人や大切な人とだったら、どこでも何でも、そして美味しくても美味しくなくても、なんか楽しいじゃん」
友人:「そんなドストレートに言われるとちょっとハズい」
憎まれ口をたたきながらも、カノジョの言葉の雨はしっかり友人女子のココロに沁みたようだ。
晴れ舞台ともいえる最初のデート、確かに大事かもしれない。
しかし、それ以上に何気ない日常を楽しめる相手こそが、その人にとって最良であり大切であるべき相手なのではないだろうか。
アインシュタインはこんな言葉も遺している。
― 可愛い女の子と2時間一緒にいると1分しか経っていないように思える。しかし、熱いストーブの上に1分座らせられたら2時間にも感じる。それが相対性である
相対性理論をわかりやすく紐解く上での解説であると同時に、人が人を思う気持ちの根源をも、私たちに教えてくれているようだ。
高級なお店での豪華な食事は確かに美味しいかもしれない。
そしてお腹も満たしてくれるだろう。
でも、好きな人との食事はココロを満たしてくれる。
「常識は、ただ従うためにあるんじゃなくて、疑うためにある」
カノジョはそう言った。
それはきっと、自分らしく生きるための処方箋。
強くなりたい、そう思った。
人として強くなりたい。
常識という同調圧力にひるむことなく、自分の正義を貫けるような、そんな強さを持った人になりたい。そしていつもココロは晴れやかでいたい。
暴風雨一過、すっかりカレの気持ちも澄みわたる。
店内を縁取っていた水彩画は風雨によって印象を大きく変えたが、滲むようなそのタッチだって悪くない。
「雨降って地固まる」
人のココロもさまざまな出来事も、すべては水に流され、また新しい薫りが漂う。
ガラガラガラ・・・キャリーケースを持った客がお店を出ていった。
さて、自分も帰ろう。
澄みわたる晴れやかなココロで、きれいな夕日を眺めながら。
つづく
文・山田孝之 編集・@marony_1008